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SFのこと(その5)

で、好きなSF漫画。
水樹和佳子『イティハーサ』(集英社ぶーけ豪華本全15巻、早川JA文庫全7巻)
樹なつみ『OZ』全4巻(白泉社)

もうこう記しただけで胸が一杯になってしまいます。
別格。
あ、緊張していたのは、これを小説の部と同じように感想を書こうとしたからか。
今題名を入力して突然悟りました。

『イティハーサ』は超古代の日本が舞台。
主人公鷹野と透(示+古)の暮らす邑は「目に見えない神」の宝物を奪いにきた大陸渡来の目に見える神とその信徒に襲われる。「目に見えない神」は村人を救わず、主人公達は「目に見えない神」とその信徒に救われる。「目に見える神」には、殺害や略奪を善とする神(威神)と、平和と安定を尊ぶ神(亜神)があり、主人公達はこの亜神の一行と共に、神宝と「目に見えない神」の謎を解く旅に出かける。
そんな物語の前半部分は、むしろ超古代ファンタジーという様相を呈しているのですが、最後に主人公が見つける「目に見えない神」の謎と、鷹野ととうこの役割がSF的(作者はずっとこれはSFだと主張されていました)。
最後に種明かしされた作者水樹和佳子がこの作品に託した時間と空間の長さ・広さに、ただただ圧倒されるばかりでした。
物語は目に見える神々が善神・悪神と分けられたことに象徴されるような善悪の単純な二項対比の中で、人間の本質は何なのかを問い続けます。
誰かを守る為の殺害は善なのか悪なのか? 自分を守るために殺害は善なのか悪なのか? 自己を捨てることで守られる平和が果たして善なのか悪なのか?
善であり悪である。善でなく悪でもない。その狭間にあり、どちらにも惹かれるからこそ人間なのだと、そこに何らかの救いがあるのだ、と物語は閉じるのです。

掲載誌『ぶーけ』は、事実上廃刊されてしまいました。
少女漫画雑誌でありながら、『イティハーサ』のような漫画を連載する少々毛色の変わった雑誌であったのですが、あるとき一般的な少女漫画雑誌へ編集方針が転換し、水樹和佳子を始め、水星茗とか夢路行とか私の好きだった方は軒並み切られてしまいました。『イティハーサ』の最後は書き下ろしで出版されたといういわくつきです。
『ぶーけ』自体はこの編集方針転換にも売り上げを伸ばすことが出来なかったのか、結局廃刊に至りました。(あの時は本当にびっくりしました。こんなメジャー雑誌でも廃刊しちゃうんだって)

その後、水樹和佳子は早川書房に拾われて、『イティハーサ』ほか『月虹』等SF系の著作を中心に早川JA文庫から復刊したわけですが、途端SF畑での『イティハーサ』の評価が高くなって、ジャンルの壁の高さを実感した次第です。
『イティハーサ』は10年間、『イティハーサ』としてそこに在り続けていたのに。

またなが~い。とほほ。
『OZ』はまた次ぎに譲ります。

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