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SFのこと(その6)

何処までも続く一面の小麦畑。19(ナインティーン)の髪の色。

小麦畑を見るたびに『OZ』のラストを思い出します。モノクロの画面なのに不思議ですが、私はこの先ずっとあの黄金色を思い出すのだと思います。

樹なつみ『OZ』(全4巻、白泉社)
『イティハーサ』と並んで、とても大切な漫画です。
誤爆によって始まった核の応酬とその後にやってきた核の冬を乗り越えて、小国家が台頭し始めた北米大陸が舞台。
タイトルの『OZ』は、核戦争前の科学技術を保つという伝説の科学の都。
主人公3人は、この『OZ』を探しに旅にでます。。
特A級の傭兵ムトウは終わらない戦争の閉塞の中、『OZ』に平和の夢を託します。
フェリシアは、純粋培養された天才科学者。行方不明の兄が『OZ』にいるとの噂を耳にして、『OZ』を探しに旅にでます。
19(ナインティーン)は、フェリシアを迎える使者として『OZ』から遣ってきたアンドロイド。狂ったプログラムが修正され、人間になることを夢見て、『OZ』に向かいます。
三人は反発しあいながら共に旅をし、『OZ』に辿り着きます。
しかし、『OZ』は夢の都ではありませんでした。
それでも彼らは『OZ』で夢を叶えるのです。「突出した科学は人の心を狂わせる」ことに気が付いた彼らは、『OZ』を破壊することを決意します。
その長い旅の中で、フェリシアは兄と再会し、家族に対するコンプレックスを乗り越え、自分を見つけます。
19はプログラムの呪縛から逃れ、人としての意志を持ち、『OZ』と『OZ』の所産である自己を葬り去ります。19は望み通り、人になったのです。
ムトウは小麦を手に入れます。おそらくそれは平和で安定した社会の礎となる農業の再生を意味しているのでしょう。

夢は『OZ』によってただもたらされ、叶えられるのではなく、自分の手で掴み取って、ようやく実現するのです。
多くの命の上に成り立った辛い彼らの旅の終わりが、痛みとともに明日への希望に繋がっていること。それが最後の小麦畑に表現されています。

だからこそ最後のあのシーンが、色鮮やかに目に焼き付いて忘れることができないのだと思います。

『イティハーサ』『OZ』いずれの漫画も、読み応えのある、面白い漫画です。
さーっと読んでも、キャラクターは立っているし、作品世界は綿密に構築されているし、ファンタジーとしての仕掛けやSFとしての仕掛けも、充分に生かされた物語です。
しかしそれだけではなく、「人間とは何ぞや」という哲学的命題と正面から取り組み、作者なりのメッセージが物語として自然に読者に届けられます。
ふと、自分はどうだろうか? と振り返るし、こう在りたい、またはこうは在りたくないという、ある種の志が生まれるのです。
多分、親や先生が言葉で言っても伝わらない何かを、この作品を読むことで擬似的に体感することができるのだと思います。

その漫画という手法を用いた物語の力に、私はただただ感じ入るばかりなのです。

そして余談ではあるのですが、この作品を好きとおっしゃる方に、私は無条件で親近感を感じるのです。ああ、仲間だなぁと。
ヒカ碁好きで、『OZ』が好き、という方を何名が存じ上げているのですが(私がヒカ碁二次創作に嵌って、書き手の方に最初にメールを差し上げるきっかけも、『OZ』でした)、他にもいらっしゃるでしょうか?
きっと一杯いらっしゃるのでしょうね。

相変わらず、長い。
そして、あと一回。
次ぎはもうこんなに力はいってません。好きな漫画ではあるのですが。

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